第54回目は、タカラガイ科のクチグロキヌタ(口黒砧)です!
クチグロキヌタは房総半島・島根半島以南、インド-西太平洋に分布する殻50mmほどの中型のタカラガイです。本種の殻自体はやや薄手で重厚感を欠くものの、殻表の光沢は極めて強く、スリムなフォルムが美しい非常に魅力あふれる貝です。2本の黄褐色の帯が走るセピア色で覆われた背面は、腹面にかけて褐色を通り越しもはや黒と呼ぶにふさわしい色彩で塗り分けられ、その鏡のごとし輝きはダークカラー系タカラガイからしか得ることのできない高揚をもたらします。また老成個体においては写真の標本のように背面と腹面との境界にぼんやりと青白い色の斑紋が浮かぶようになり、夕焼けにたなびく一朶の雲のようで目を惹きます。殻口はタカラガイの中ではやや広い部類に入り、ここから褐色系タカラガイにありがちな淡い藤色の内部がチラリと顔を覗かせます。このコントラストが実に見事で、ついつい見惚れてしまう本種の観賞ポイントの一つと言えるでしょう。
ちなみにこの標本は、またしても研究室の後輩Sくん(第46回スイジガイ参照)からの贈り物です。南の島で仕事をすることの多い彼は、仕事の合間に採集に出掛けては美しい貝を採り私にLINEで写真を送り付け自慢し、私を嫉妬の炎で焼き尽くすとんでもない男なのです。魚屋のくせに・・・。しかし彼は海のように広き心を持つ人物でもあり、時折こうして自分で標本を仕上げては私に送ってくれるのです。北の国での暮らしの数少ないデメリットである”派手な貝との出会いがないこと”をカバーしてくれるS君に感謝しつつ、今回のおはなしはここでおしまいです。着実に場数をこなし、メキメキと標本処理テクニックを身につけていく彼の成長を、今後も読者の皆様と一緒に見守りたいと思います。
2024.5.24 安田 風眞
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