No. 55 アヤボラ(綾法螺)

第55回目は、フジツガイ科のアヤボラ(綾法螺)です!
 
アヤボラは紀伊半島・山口県以北の本州、北海道、アリューシャン列島〜北アメリカ西岸に分布しています。この分布域の中でも地域により生息する水深が大きく異なり、北方では潮間帯下部に、南方では水深300m程度の深場にいるようです。なるほど、南では深海で暮らすことで冷たい環境を確保しているわけですね。

この個体は、風速15m/sの大風が1日中吹き続けた数日後に海岸で拾ったFD(Fresh Dead:死後間もない大変状態が良い様)個体です。そのため蓋まで揃った完全な標本として仕上がった反面、打ち上がる過程で荒波に揉まれ、殻頂と水管溝部が少し欠損している状態です。それでもなお、程よく丸く膨らむ体層は優しいシルエットを描き、殻表は穏やかな光沢を帯び、意外にも鑑賞に耐えうる美しい顔を覗かせるのです。比較的密に並んだ縦肋と螺肋が交差することで生まれる格子状の構造で覆われた殻表は、指先を這わせればその造形美を存分に味わうことができます。そして殻口内唇上部にアクセサリーのように添えられる、ただ一つの滑層瘤がチャームポイント。図鑑では白色と紹介される本種ですが、私の標本では螺肋に沿って帯状に褐色の模様が入り、殻の欠損さえなければどんなに美しかったろうと見れば見るほどに惜しくなります。なお生時には毛状の殻皮で覆われ、”毛ツブ”と呼ばれ食卓で愛される貝の一つです。


環境こそ違えど実に4年ぶりに取り戻した、海辺の街での暮らしは実に素敵なものです。ふらりと散歩に出て貝を拾い、コーヒーを淹れ図鑑を開く。貝を通して見つけたささやかなこの幸せを、これからも忘れずに過ごしたいと思います。

2024.6.27 安田 風眞
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