No. 57 エゾチヂミボラ(蝦夷縮法螺)


第57回目は、アッキガイ科のエゾチヂミボラ(蝦夷縮法螺)です!
 
エゾチヂミボラは、東北地方以北、北海道、オホーツク沿岸の潮間帯下部〜潮下帯に生息する殻長50mmほどの巻貝です。

本種は実にアッキガイらしい端正なシルエットが印象的であり、また殻色には個体差があり白色系と褐色系に大きく分けられます。特に褐色系の個体では殻口は薄らと淡い紫色を帯び、複数個体を並べその色の違いを楽しむのが大変心地よい貝です。そして殻表には鰭状に発達した成長脈が非常に密に並び、目を凝らせばその類稀なる美しさ、緻密な芸術性に目を奪われることでしょう。これをちぢみ織りの生地に見立ててチヂミボラの名が与えられました。しかし、察しの良い読者の皆様はもうお気付きかもしれませんが、この突起の表裏には概ねフジツボや石灰藻類といった付着生物がびっしりと張り付き、鱗片が埋もれて見えないほどの個体も珍しくありません。これを柄付き針を使ってちまちまとクリーニングしていき、殻を欠損させることなく仕上げた瞬間には得も言われぬ達成感と快感があり、標本をじっくりと眺めては悦に浸ってしまうのです。…と、言いつつもやはり作業効率を考慮して、なるべく付着物が少ない個体を選んで採集することが肝要である、という点はここに記しておきます。

 


なんということだ。こんなにも美しい貝が、いつも夕日を眺める港の足元に暮らしていたのです。ふと視点を変えるだけで、日々の中に見落としていた幸せに気が付くのかもしれない。そんな教訓がこの標本には詰まっているように思えてなりません。網戸から吹き込む夜風はもうすっかり冷たくなり、秋の足音が聞こえる道東です。この秋風が運んでくる便りを探しに、明日は砂浜に行ってみようか。どんな出会いが待っているのか分からないからこそ、自然遊びはやめられないのです。

 


2024.8.30 安田 風眞
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