第28回は、イモガイの毒「コノトキシン」のお話です!
イモガイとは、コレクターにとって非常に甘美な響きを持つ特別な言葉の一つです。かく言う私もイモガイ愛好家の端くれであり、学生の頃は同志(研究室の後輩たち)と標本を並べその美しさを称えては酒を飲み交わしたものです。一方で「殺人貝」のイメージがすっかり定着してしまったがために、マリンレジャーを楽しむ人々にとっては単に恐怖の対象なのではないでしょうか。しかし実際はヒトを攻撃するための毒ではない、ということは第20回でお話ししましたね。今回はいつものような特定の貝ではなく、イモガイの毒、コノトキシンについて簡単にお話ししてみようと思います。
コノトキシンとはイモガイが持つ毒の総称であり、貝の種類によって毒性が異なります。イモガイはこの毒を矢型に発達させた歯舌に充填して獲物に撃ち込んだり、水中に散布して獲物を弱らせたりと実に巧みに使いこなし狩りを行います。アンボイナを筆頭に、特に強力な毒を持つ種ではヒトをも死に至らしめますが、全てのイモガイがこれほど強力な毒を持っているわけではありません。またコノトキシンは自然界ではイモガイにしか生成できない極めて強力な神経毒で、前述の通り古より死亡事故の絶えない危険な代物でした。しかし人類の歴史とは常に苦境を乗り越えることで今日まで脈々と築き上げられてきたのです。この毒もその例外ではなく、本格的な研究が始められた1970年代から現在に至るまで、世界中で研究が進められ、新薬の開発に役立てられています。モルヒネに代わる鎮痛剤として既に実用化されている薬があるほか、まだまだ解明されてないことだらけの可能性に満ち溢れた夢の物質なのです。この謎に立ち向かい血の滲む努力を重ねられる研究者の皆さまへの敬意、感謝は言葉で言い表すことができません。加えて、ひっそりと人類を支える“海の嫌われ者”への感謝も忘れないようにしたいものです。
2022.2.28 安田 風眞