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No. 59 サカマキボラ(逆巻法螺)

第59回目は、カンムリボラ科のサカマキボラ(逆巻法螺)です!

 サカマキボラはメキシコ湾とアメリカ南東大西洋岸周辺浅海域のみに分布する大型の巻貝です。

本種を前にして抱く最初の感想は、なんといってもインパクトある左巻き=逆巻きゆえの違和感でしょう。螺塔の低さと大胆なシルエットも、そのインパクトに拍車をかける要因であるように感じます。ゆえに、なかなかに賛否が分かれる貝の一つではないでしょうか?かく言う私もやはりこのアンバランス感がどうしても受け入れられず、昔は良さを見出すことができませんでした。しかし年とともに好みとは変わりゆくもので、大人になってからはその奇抜さになぜだか無性に心を惹かれるのです。大きな個体では殻長300mmを超え、飾り気の無いデザインながらただならぬ圧倒的な存在感を放ちます。殻はやや厚手かつ堅牢で、手に取ると程よい重量感が心地良いタイプの貝です。今のところ、殻頂側から眺めるアングルがいちばんのお気に入り。螺塔は稲妻模様で彩られ、またオウムガイのような黄金比を感じさせる魅惑のスパイラルと、肩の突起が描く不規則なアウトラインが奏でる絶妙なハーモニーに目が離せなくなります。

 その特徴的なデザインゆえか、その昔ネイティブ・アメリカンはサカマキボラの洞状の螺旋を太陽、生、死に関する観念の象徴と捉え、宗教的儀式の道具として用いていました。さらに軟体部は食料として、大きく頑丈な貝殻は生活用品や時には武器としてもフル活用していたようです。こういった歴史的な価値と希少性が評価され、メキシコ湾に面するテキサス州では州の貝として定められています。また米国郵政公社が印刷した最初の貝殻切手の一つに選ばれるわ、本種の専門書まで存在するわと、アメリカではとにかく人気大爆発の異端児なのです。

 もうすっかり晩秋の北海道では、寒い朝には霜が降りるようになってきました。昼夜を問わず響き渡るシカのラッティングコールはやがて訪れる冬を匂わせ、秋晴れの空に舞う落ち葉に胸が騒ぎます。やはり僕は、暮らしが大変でも雪国が好きです。

2024.10.28 安田 風眞

No. 58 オオナルトボラ(大鳴門法螺)


第58回目は、オキニシ科のオオナルトボラ(大鳴門法螺)です!
 
オオナルトボラは、房総半島・山口県見島以南、熱帯インド-西太平洋域の潮間帯下部・岩礁域に分布する大型の巻貝です。


本種の殻は手に取るとずっしりと重く、肩には丸くも尖った結節が並び、大きな個体では170mmに迫るその大きさと相まって物々しい風格を帯びます。板状に広がる外唇により殻口は面となりテーブルに張り付き、ここに食い込むように重なる縦張肋、後方を突く螺塔のバランスが実に美しく、大鎧を着込んだ歴戦の猛者のような出立ちに高揚を覚えずにはいられません。こうして一通り背中を眺めた後に殻を返せば、一際大きな殻口に目を引かれることでしょう。トウカムリを彷彿とさせる、とまでは言い過ぎかもしれませんが、大きく発達した内唇滑層と、これまた大きく波打ちながら張り出した外唇を以て円を描く様は、見事としか言いようがない圧倒的な存在感を放ちます。この外唇と内唇は長く半管状に発達した後溝と前溝(水管溝)によって隔てられ、これにより与えられる緩急が飽きを忘れさせるデザインを生み出します。また殻口は奥へ進むほどに濃さを増す橙色で、荒々しい外観とは反して強い輝きを帯び、こんなギャップにも心を惹かれるのです。


本種はイセエビ刺し網漁の外道として有名な貝です。少年の日に「和歌山や四国の港に行くと拾えるんだよ」と聞いた言葉が頭から離れず・・・。やがて大学生となり初めて四国を訪れた際に、漁港に本種の大きな殻がゴロゴロと転がる、噂と違わぬ光景を目の当たりにし胸が震えた懐かしい記憶が蘇ります。海の香りや空模様、吹き抜けた風や当時の人付き合いまで。本種に限らず、さまざまな記憶が詰まった標本たちは、まさに思い出そのものです。


今回は珍しく、未クリーニング状態の標本を紹介してみました。造形美こそ変わらないものの、ひょっとすると魅力が伝わりにくかったでしょうか?クリーニング後に再登場するかもしれませんので、乞うご期待!


2024.9.27 安田 風眞

オキニシ科の貝殻はこちら>>>

No. 57 エゾチヂミボラ(蝦夷縮法螺)


第57回目は、アッキガイ科のエゾチヂミボラ(蝦夷縮法螺)です!
 
エゾチヂミボラは、東北地方以北、北海道、オホーツク沿岸の潮間帯下部〜潮下帯に生息する殻長50mmほどの巻貝です。

本種は実にアッキガイらしい端正なシルエットが印象的であり、また殻色には個体差があり白色系と褐色系に大きく分けられます。特に褐色系の個体では殻口は薄らと淡い紫色を帯び、複数個体を並べその色の違いを楽しむのが大変心地よい貝です。そして殻表には鰭状に発達した成長脈が非常に密に並び、目を凝らせばその類稀なる美しさ、緻密な芸術性に目を奪われることでしょう。これをちぢみ織りの生地に見立ててチヂミボラの名が与えられました。しかし、察しの良い読者の皆様はもうお気付きかもしれませんが、この突起の表裏には概ねフジツボや石灰藻類といった付着生物がびっしりと張り付き、鱗片が埋もれて見えないほどの個体も珍しくありません。これを柄付き針を使ってちまちまとクリーニングしていき、殻を欠損させることなく仕上げた瞬間には得も言われぬ達成感と快感があり、標本をじっくりと眺めては悦に浸ってしまうのです。…と、言いつつもやはり作業効率を考慮して、なるべく付着物が少ない個体を選んで採集することが肝要である、という点はここに記しておきます。

 


なんということだ。こんなにも美しい貝が、いつも夕日を眺める港の足元に暮らしていたのです。ふと視点を変えるだけで、日々の中に見落としていた幸せに気が付くのかもしれない。そんな教訓がこの標本には詰まっているように思えてなりません。網戸から吹き込む夜風はもうすっかり冷たくなり、秋の足音が聞こえる道東です。この秋風が運んでくる便りを探しに、明日は砂浜に行ってみようか。どんな出会いが待っているのか分からないからこそ、自然遊びはやめられないのです。

 


2024.8.30 安田 風眞
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No. 56 ワタナベボラ(渡辺法螺)

第56回目は、ソデボラ科のワタナベボラ(渡辺法螺)です!
 
ワタナベボラは、紀伊半島から四国沖、フィリピン近海の深場に生息するソデボラ科の希少種です!本種の和名は、神奈川県は江ノ島の貝類商・渡辺傳七氏に由来します。渡辺氏は貧しい漁師の家に生まれ、桶職人になり、やがて貝細工師として巨万の富を築いた伝説的な人物であり、氏を偲んだ「故渡辺傳七老人を憶う」という貝類学会誌への寄稿文がフリーで閲覧できるので、ぜひネット検索して読んでみてください。


本種の螺塔はシャープながらも撫で肩で優しい曲線を描き、体層から一気に膨らんでは急激に窄まり水管溝が針の如く伸びる様は、まさにガラス細工そのもの。淡い橙色を帯び鈍く輝く殻表は、目を凝らせば非常に密で繊細な格子状の凹凸で覆われ、じっくりと見入らざるを得ない魅惑のデザインに心を奪われます。そして殻口外唇には6本の牙状突起が並び、単調なシルエットにアクセントを与えます。この棘の背面側には褐斑と白斑が交互に並び、先端に近づくにつれ濃くなる濃褐色で縁取られます。殻口側から眺め、背面側から眺め、幾度となく返してみたり、回してみたり。どこから見てもため息の漏れる本種は、類稀なる美しさを誇る日本の至宝といっても過言ではないでしょう。御多分に洩れず、やはり本種も生息環境の特定や採集技術の進歩と共に希少性を失った貝の一つです。でもそれは、安価に出回る海外産個体の話。国産ワタナベボラは未だ希少でありその輝きを失わず、貝愛好家が夢みる高嶺の花なのです。

ちなみに本種、私の標本含め海外産のものは殻が薄く、国産の個体は重厚になるんだとか。実はこれ、有名どころで言うとホラガイにも同じことが当てはまるんです。なぜなんだろう・・・。自由研究のテーマにしては重すぎるかな、そんなことが脳裏をよぎる、20代最後の夏の今日この頃です。

2024.7.29 安田 風眞
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No. 55 アヤボラ(綾法螺)

第55回目は、フジツガイ科のアヤボラ(綾法螺)です!
 
アヤボラは紀伊半島・山口県以北の本州、北海道、アリューシャン列島〜北アメリカ西岸に分布しています。この分布域の中でも地域により生息する水深が大きく異なり、北方では潮間帯下部に、南方では水深300m程度の深場にいるようです。なるほど、南では深海で暮らすことで冷たい環境を確保しているわけですね。

この個体は、風速15m/sの大風が1日中吹き続けた数日後に海岸で拾ったFD(Fresh Dead:死後間もない大変状態が良い様)個体です。そのため蓋まで揃った完全な標本として仕上がった反面、打ち上がる過程で荒波に揉まれ、殻頂と水管溝部が少し欠損している状態です。それでもなお、程よく丸く膨らむ体層は優しいシルエットを描き、殻表は穏やかな光沢を帯び、意外にも鑑賞に耐えうる美しい顔を覗かせるのです。比較的密に並んだ縦肋と螺肋が交差することで生まれる格子状の構造で覆われた殻表は、指先を這わせればその造形美を存分に味わうことができます。そして殻口内唇上部にアクセサリーのように添えられる、ただ一つの滑層瘤がチャームポイント。図鑑では白色と紹介される本種ですが、私の標本では螺肋に沿って帯状に褐色の模様が入り、殻の欠損さえなければどんなに美しかったろうと見れば見るほどに惜しくなります。なお生時には毛状の殻皮で覆われ、”毛ツブ”と呼ばれ食卓で愛される貝の一つです。


環境こそ違えど実に4年ぶりに取り戻した、海辺の街での暮らしは実に素敵なものです。ふらりと散歩に出て貝を拾い、コーヒーを淹れ図鑑を開く。貝を通して見つけたささやかなこの幸せを、これからも忘れずに過ごしたいと思います。

2024.6.27 安田 風眞
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No. 54 クチグロキヌタ(口黒砧)

第54回目は、タカラガイ科のクチグロキヌタ(口黒砧)です!
 
クチグロキヌタは房総半島・島根半島以南、インド-西太平洋に分布する殻50mmほどの中型のタカラガイです。本種の殻自体はやや薄手で重厚感を欠くものの、殻表の光沢は極めて強く、スリムなフォルムが美しい非常に魅力あふれる貝です。2本の黄褐色の帯が走るセピア色で覆われた背面は、腹面にかけて褐色を通り越しもはや黒と呼ぶにふさわしい色彩で塗り分けられ、その鏡のごとし輝きはダークカラー系タカラガイからしか得ることのできない高揚をもたらします。また老成個体においては写真の標本のように背面と腹面との境界にぼんやりと青白い色の斑紋が浮かぶようになり、夕焼けにたなびく一朶の雲のようで目を惹きます。殻口はタカラガイの中ではやや広い部類に入り、ここから褐色系タカラガイにありがちな淡い藤色の内部がチラリと顔を覗かせます。このコントラストが実に見事で、ついつい見惚れてしまう本種の観賞ポイントの一つと言えるでしょう。

ちなみにこの標本は、またしても研究室の後輩Sくん(第46回スイジガイ参照)からの贈り物です。南の島で仕事をすることの多い彼は、仕事の合間に採集に出掛けては美しい貝を採り私にLINEで写真を送り付け自慢し、私を嫉妬の炎で焼き尽くすとんでもない男なのです。魚屋のくせに・・・。しかし彼は海のように広き心を持つ人物でもあり、時折こうして自分で標本を仕上げては私に送ってくれるのです。北の国での暮らしの数少ないデメリットである”派手な貝との出会いがないこと”をカバーしてくれるS君に感謝しつつ、今回のおはなしはここでおしまいです。着実に場数をこなし、メキメキと標本処理テクニックを身につけていく彼の成長を、今後も読者の皆様と一緒に見守りたいと思います。

2024.5.24 安田 風眞
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No. 53 チシマタマガイ(千島珠貝)


第53回目は、タマガイ科のチシマタマガイ(千島珠貝)です!

本種は東北地方・能登半島以北、北海道、オホーツク海、千島列島に分布する殻長50mmほどのタマガイです。二枚貝を襲って食べる肉食性の巻き貝で、砂浜でよく見かける穴の開いた二枚貝を作っている犯人は、十中八九このタマガイ科に属する貝です。

本州の砂浜で馴染み深いツメタガイと比べ本種は螺塔が立つ一方で、やはり丸みが強く実にタマガイらしいシルエットをしています。濃淡入り混じる褐色で彩られた殻表は鈍く輝き、重厚な殻はずっしりとした重量感と滑らかな肌触りが心地よく、ふと無意識のうちに手を伸ばしてしまう、そんな魅力あふれる可愛らしい貝です。

そして非常にポイントが高いのは石灰質の蓋を持つという点であり、これにより本種は”ハイエンド・タマガイ”へと昇華します。個人的な趣味に過ぎませんが、やはり石灰質の蓋を持つ巻貝は別格です。これがピタリと隙間なく殻口に収まる様は私の心を掴んで離さず、蓋を貼り合わせる作業は標本作成時の最も高揚する瞬間となるのです。

実はこの個体、先入観から「エゾタマガイに違いない!」と決めつけていたのですが、改めて図鑑を読むと”北海道南部以南に分布”との情報が。これは私の採集地と一致せず、どうやら貝殻外観が酷似したこれら2種を見分ける方法は蓋に刻まれた溝の有無であることが分かり、私の標本はチシマタマガイであるという結論に至ったのです。ここに生貝を採集して標本を作ること、つまり同定形質が完全な標本を所有することの意義があるのです。

私事ですがこの春、ついに慣れない大都会から飛び出し、北海道に移住しました。私の暮らす道東はまだまだ朝夕の冷え込みが厳しく、今もストーブに当たりながらこの文章を書いています。冷たい潮風を胸いっぱいに吸い込み、夕陽を眺め砂浜を歩く・・・。10年ぶりに取り戻した雪国の暮らしは、ふとした何気ない日常さえもが美しく輝き、ここに来られて本当に良かったと幸せを噛み締める今日この頃です。

2024.4.26 安田 風眞
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No. 52 ユリヤガイ

 

第52回目は、巻貝なのに二枚貝??ユリヤガイ科のユリヤガイです!

皆様、お久しぶりです。2回連続で対談コラムを掲載いただいたため、久しぶりの登場です。実は50回記念では「殻長140mm!見よ、これぞ王の風格-貝殻専務に特別に仕入れてもらったウミノサカエイモ-」というハイテンションな記事を書くつもりが、なんと唐突に貝殻専務より新幹線のチケットが届き・・・。感涙に咽びながら新幹線に飛び乗り、懐かしの山口県へ4年ぶりに“凱旋”を果たした次第です。
貝殻の問屋さんでの対談を終えた後は貝殻専務と熱い貝トークに花を咲かせ酒を飲み交わし、翌日からは古巣の下関へ足を運びました。我が水産大学校の所在地である吉見に達する頃には目に映るもの全てが愛おしく、胸が詰まりもはや言葉が出ず・・・。これ以上続けると本題に入れないので、下関探訪記はこの辺りで割愛します。

さて、ユリヤガイのおはなしをしましょう。本種は巻貝でありながらも殻を2枚待ち、殻だけ見ると二枚貝、歩く姿は巻貝(ウミウシ)という実に不思議な生き物です。特定の海藻のみを餌とし、本邦では山口県の見島や角島、伊豆半島、紀伊半島、四国南部、奄美諸島、沖縄などのごく限られた場所でしか見つかっていない希少種です。昭和天皇も「秋深き 海をへだてて ゆりやがひの すめる見島を はるかみさくる」と一句詠まれた、栄えある貝の一つです。
実は私、かつて角島で自然観察ガイドのボランティアをしていたこともあり、この島は非常に馴染みの深い場所です。そんな角島は大浜海水浴場のドリフトライン(漂着物が帯状に並ぶ場所)に目を凝らせば(実際は匍匐前進に近い怪しい姿勢)、5mm程度の小さな本種の貝殻に出会えます。写真の個体はまさに先日拾ってきたもので、片袖を振り上げたようなアウトラインにこのサイズ感と緑色の色彩とが相まって、非常に可愛らしいデザインをしています。漂着個体の採集は絶妙な難易度ゆえに中毒性があり、一つ見つけては次が欲しくなり、また一つ見つけては・・・と、際限なく探してしまうタイプの危険な貝です。本種を探しに初めてこの島を訪れた大学一年生の初夏、事前に情報を教えていただいた「つのしま自然館」に戦果報告に赴くと「こんなに拾ってくる奴は初めてだ」と大絶賛(ドン引き)された思い出があります。これがきっかけでガイドに採用していただいたのですから、並々ならぬ思い入れのある貝の一つです。

主に砕けた貝殻で構成される角島の「貝砂」特有のまばゆい白さは、私を学生時代へと連れ戻します。いつでもあの頃に戻れる場所、大切な第二の故郷。この地に永住したいとさえ願うほどに、山口が、下関が大好きでした。山口を踏み締めるたびに、そんな想いがどうしようもないほどに溢れ・・・。しかし私は雪国の男。凍てつく白銀の大地が、私を呼ぶのです。

2024.3.28 安田 風眞
貝殻専務との対談記事はこちら

No. 51 記念対談(安田 × 古賀専務)《後編》


貝殻の問屋さん公式ショップで毎月連載中のコラム「貝のおはなし」。2019年10月のスタートから50回を迎えたことを記念して著者の安田さんと古賀専務の対談を実施しました。
前編では執筆や貝を好きになったきっかけなどを紹介。後編では、学生時代の研究内容やこれまでに紹介したおすすめコラムTOP5について伺います。
コラム執筆のきっかけなど前編はこちら

山口で見つけた“あの”アカニシ

古賀――下関の水産大学校ではどんな研究をされていたのでしょうか?
安田――アサリを捕食する干潟の巻貝をテーマにアカニシとツメタガイを研究していました。特に好きな貝はスイジガイですが、アカニシも好き。出身地の北の海・秋田県には地味な貝が多いのですが、鮮やかな殻口の美しさ、殻の重厚感に惹かれました。それに昔はとにかく大きい貝が好きで。
古賀――秋田のアカニシと山口のアカニシは何か違いがありましたか?
安田――実は秋田のアカニシには角がなくて山口(瀬戸内海)のは角があるんです!見つけて感激しましたね。ゆくゆくは新種を見つけて「ヤスダツノアカニシ」と名付けたいという野望もありました(笑)
 
アカニシ:日本海型(左:日本海型にしては肩が張る個体)瀬戸内型(右)


■安田さんおすすめ「貝のおはなし」TOP5

5位 イモガイの王様
第36回 ウミノサカエイモ(海之栄芋)2022年11月
安田――かつて世界一高価な貝として君臨した「イモガイの王様」の回です。貝愛好家の間では有名なエピソードですね。殻長140mmの標本が2000ドル(現在の貨幣価値に換算すると300~400万円)で取引されましたが、今でも博物館に展示されるレベルのサイズです。
古賀――180mmが世界最大と書かれていました。貝は数ミリの違いでも厚みや重さが大きく変わりますよね。

ウミノサカエイモのコラムを読む


4位 祖父との思い出
第41回 ホシダカラ(星宝)2023年4月
安田――幼いころ私が初めて触れたタカラガイで「これこそ世界で一番美しい貝に違いない!」と興奮しました。もはや神格化されています。祖父が大切にガラスケースに保管していた標本たちとの出会いこそが貝愛好家の原点ですね。
 
ホシダカラのコラムを読む

3位 発見されたばかりの新種!?
第23回 サザエ(栄螺)2021年9月
安田――実はサザエは2017年に「新種」であることが判明。常識に捉われず真実を見極めよという教訓でもあります。実は私、貝は好きでも巻貝を食べるのは苦手で…。二枚貝は好物ですけどね。
古賀――意外でした(笑)海外で茹でたクモガイを食べましたが美味しかったですよ。ソデボラ科は甘みがありました。ちなみに私はタイラギの貝柱が好物です。

サザエのコラムを読む

2位 "魚屋"の友人が仕上げた標本
第46回 スイジガイ(水字貝)2023年9月
安田――スイジガイは特に好きな貝。第3回(2019年12月)にも紹介しましたが、学生時代の友人が生貝から処理して標本を仕上げたという回です。生粋の"魚屋"の彼が貝を集めるようになったというバックストーリーが印象深いですね。

スイジガイ(第46回)のコラムを読む

1位 美麗なのにどうして嫌われ者?
第42回 ミドリイガイ(緑貽貝)2023年5月
安田――殻表の鮮やかな青緑色、鈍くも強い輝きが美しい二枚貝なのに、どうして嫌われ者なの?その背景を伝えられた回でした。一方的な私の貝愛ラブレターじゃなかったなと(笑)

ミドリイガイのコラムを読む

安田さんありがとうございました!これからも「貝のおはなし」をお楽しみに。

■Profile
安田 風眞(やすだ ふうま)
1995年秋田県生まれ。水産大学校(下関市)大学院2年生だった2019年10月から「貝のおはなし」の執筆を始める。

「貝のおはなし」コラム一覧はこちら

《 対談を終えて -古賀専務- 

まずはこれまでお忙しいなか50回休むことなく連載してくださった安田さんには本当に感謝申し上げます。


私は2018年にそれまで勤めていた会社を辞めて父が経営するこの会社に入社したのですが、全く異業種にいたので貝殻の知識をつける上で私自身も安田さんのコラムはとても役立っています。毎回コラムで取り上げられる貝の知識もさることながら、そもそも貝愛好家の方々がどのように貝殻を見ているのか、貝殻のどこに魅力を感じているのかが分かるのは私にとっていつも新鮮で興味深いですね。
安田さんにコラムを依頼した当初は、貝の基本的な情報(貝の食べ物や生息環境、成長方法など)をテーマにして当社商品をもっとお客様に身近に感じてもらえるようになればいいと考えていました。しかし実際に連載が始まると安田さんが毎回1つの貝を取り上げて、その貝への想いを綴っていくというスタイルに。 今回の対談でもその私の当初の思惑と実際のコラムのズレ(?)について触れましたが、安田さんは「そういえば初めにそういうことを言われたような・・・」くらいの感じでした。私の考えはほとんど伝わっていなかった(笑)。ですが、今では結果的にこのスタイルでよかったと思っています。ネタが切れずに長く続きますし、なにより貝愛好家の方のことがよくわかって面白い。

私が貝殻を仕入れる際には価格交渉や貿易手続きといった一般的な仕入れスキルのほかに貝殻知識が必要になります。その貝殻知識は言わば“バイヤーとして基礎力“です。いくら一般的な仕入れスキルに長けていても、貝殻知識がなければいい貝殻は仕入れることができません。貝殻は種類や産地が多い上、品質や仕入れ値も不安定なので、仕入れにあたってはバイヤーの総合力がかなり求められます。私も日々図鑑などをみて知識を増やすようにしていますが、図鑑には載っていない「貝殻を愛する人の視点」はほとんど安田さんのコラムから学んだものですね。これが結構仕入れのときに役に立つんです。初めての仕入れ先に「こいつ分かってるな」と思わせられる(笑)
実はこの対談の後に安田さんとお酒を酌み交わしました。この「貝殻愛好家と貝殻商人」の宴では、延々と貝殻の話が続きとても楽しい時間でした。「またいつか対談しましょう!」と言ってその宴はお開きにしましたので、またいつか対談ができると思います。
安田さん、これからも素敵なコラムの連載をお願いします。
そして皆さま、これからも貝殻の問屋さんをよろしくお願いします。

No. 50 記念対談(安田 × 古賀専務)《前編》


2019年10月から貝殻の問屋さん公式ショップで毎月連載中のコラム「貝のおはなし」が50回を迎えました。それを記念して著者の安田さんと古賀専務の対談を実施。安田さんってどんな人?どうしてコラムを書くようになったの?貝を好きになったきっかけなどを聞きました。 
おすすめコラムTOP5など対談後編はこちら


古賀――約5年間、一度も休載することなく続けてこられましたね。
安田――毎月締め切りに追われていましたが何とか書き上げてきました。最近では貝殻の問屋さん公式X(Twitter)でのコラム引用も盛り上がっていて嬉しい。ヒメゴゼンソデの名前大喜利も面白かったですね。


貝殻の問屋さん公式Xを見る

出会いは東京での貝類学会

古賀――安田さんと知り合ったのは2018年夏の貝類学会でしたね。会場は東京海洋大学でポスター発表をしていたのが安田さんだった。
安田――当時は下関にある水産大学校の大学院1年生でした。同じく山口県から参加しているということで話しかけてくださいましたね。その後、研究室の友人を連れて何度か貝殻の問屋さんに遊びに行ったのも楽しかった。友人も見事に貝沼にハマりました(笑)
古賀――コラムを書き始めたのは2019年10月、大学院2年生の時でしたね。
安田――古賀さんからコラムの依頼があったとき、実は断ろうと思っていました。お断わりメールの下書きもしていたのですが、研究室の先生にせっかくの機会だからやってみろと背中を押されたんですよ。連載当初は修士論文執筆の山場に突入し始めた頃で、息抜きにコレクションを眺めては貝への想いを綴っていたことをよく覚えています。
古賀――貝の生態などを多くの人に知ってもらいたいと思ったのが依頼のきっかけでした。学生さんのうちは多少時間に余裕があるだろうから書いてもらえると思って依頼したら連載が始まって約半年後に水産大学校卒業と聞いて焦りました (笑) 。社会人になってからも続けてくれてありがたい。
ナンヨウダカラの朱色を「燃える夕陽を閉じ込めたよう」といった感じで貝愛溢れる“安田ワールド”の表現が良いですよね。

 
No.29 ナンヨウダカラ(南洋宝)を読む

博物館で見たアオイガイに心をつかまれた幼少期

古賀――貝類学会で感じたのは貝好きな人は幼少期に貝に触れた経験があるということ。貝を好きになったきっかけは何ですか?
安田――私は秋田県出身なのですが、県立博物館で出会ったアオイガイがきっかけでした。博物館の先生に秋田の海でも拾えるんだよと教えてもらい砂浜に通い始めたのですが、殻を拾ったのは5年目でした。その過程で気がつくと貝の沼にどっぷりとハマっていたという感じですね。
アオイガイは温暖な海域にしか分布していませんが、海中を漂いながら生活しているので一部の個体が海流によって日本海沿岸にやってきます。

No. 1 アオイガイ(葵貝)を読む

スイジガイの造形美は鹿の角にも通ずる

古賀――特に好きな貝は何でしょうか?
安田――スイジガイです。コラムも2回書くほど好きで。小学校2年生の時に祖父に買ってもらった図鑑に載っていて形に衝撃を受けました。鋭い棘、褐色の霜降り模様、オレンジ混じりのピンク色の殻口、あらゆる角度から鑑賞できる完璧な造形美ですよね。私の中では神格化されるほどです。
生体を見たいと駄々をこねて小学校4年生の時に沖縄に連れて行ってもらったのですが、残念ながら自分では捕まえられませんでした。でも近くにいたカップルが捕まえていたので大興奮で見せてもらいましたね(笑)
 
No. 3  スイジガイ(水字貝)を読む
No. 46 スイジガイ(水字貝)を読む

私は狩猟者でもあるのですが、鹿の角とスイジガイの「自然の造形美」には何か通ずるものがあると思っています。むしろ鹿の角がスイジガイに寄せているのではないかと。
古賀――別方向の興味かと思ったら貝と鹿が繋がっているとは思いませんでした。
安田――鹿が好きになったのも小学校低学年の時に北海道に連れて行ってもらったのがきっかけです。やはり幼少期の経験が今につながっていますね。
古賀――幼少期の感動は一生もの。これからも貝少年、貝少女が多く育ってほしいですね。

貝殻の問屋さんは気軽に貝殻に触れられる特別な場所

安田――ぜひたくさんの人に貝殻の問屋さんの実店舗に来て貝殻を直接手に取って見て触れてほしい。こんなに重いんだ、こんなに艶々しているんだと感じながら。何百種類も貝殻があって気軽に触れるところなんて他にないですよ。博物館だったらガラスの向こう側で眺めているだけですもんね。

古賀――昨年の8月に土曜日特別オープンの夏祭りを初開催しましたが、店内がぎゅうぎゅうになるほどお客さんが来てくださいました。遠くは千葉や兵庫からも小さな“貝殻博士”が。目をきらきらさせていて嬉しかったですね。

 
(貝殻すくいやシェルビーズのアクセサリー作り体験なども実施しました)

安田――貝殻1個百円台から売られていますよね。お小遣い価格で買えるのは貝殻の問屋さんならでは。棚に美しい貝殻の数々が所狭しと並べられているので、ついつい買う予定のなかった貝までカゴに入れてしまいます。いろんな種類を買ってわくわくと夢を膨らませられるのは楽しいですよね。
古賀――仲介業者なしの直輸入、コンテナ輸送での大口仕入だからこそ可能な適正価格で販売しています。気兼ねなく触れることで貝殻が身近なものになってほしいですね。

 
後編ではこれまでのおすすめコラムや学生時代の研究内容などについて語っていただきます。お楽しみに。


■Profile
安田 風眞(やすだ ふうま)
1995年秋田県生まれ
水産大学校(下関市)大学院2年生だった2019年10月から「貝のおはなし」の執筆を始める。
「貝のおはなし」コラム一覧はこちら

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